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さて、Ally先輩のところから頂いて来た「合唱バトン」
答えて行きたいと思います。
01.あなたのパートは?
バリトン。
個人的なこだわりと見栄でローベースに固執したりもしましたが・・・
結局、ここが一番あってると今では思います。
02.そのパートになった理由は?
好意的に解釈すれば、音域が一番あってるからでしょう。
ぶっちゃけて言えば、高音は出ないけど、だからといって極端な低音が出るわけでもないという。
03.所属している(orしていた)団体は? ※男声/女声/混声の種別も
群馬県立高崎高校合唱部(男声)
本人たちはそれなりに必死なつもりではあったと思う。
自分のやる気が周りの熱意に反比例するという天邪鬼な性格ゆえ、気づけばほぼ皆勤。あろうことか部長に。
まぁ、その事実は割と今の今まで大学の人たちにはひた隠しにしてきた感がありますが。ゆうと氏なんかと比べられたらたまったもんじゃなかったし。
先日、とうとう部員が一人も居なくなって事実上廃部したらしいことが判明。
東北大学混声合唱団(混声)
はじめて本格的な歌の訓練をつんだところ。
前述の天邪鬼な性格ゆえ・・・いろいろとご迷惑をおかけして、弁解の余地もございません。
青葉城址男声合唱団(男声)
上記合唱団の有志男ども(OB含・・・というかほぼOB)によって結成されているお祭り合唱団。
年三回ゲリラライブを敢行。
お巡りさんに怒られた回数は数知れず・・・
でも渉外とか、マジ勘弁してください。
合唱団Palinka(男声)
入団したは良いのですが、ほぼ練習行ってません。(ごめんなさい)
連絡メール等は届くので、まだ籍はあるはず。
帰仙しだい復帰予定・・・たぶん。
04.合唱を始めたきっかけは?
中学の合唱コンクールとかで、男は軒並みやる気ない中一人だけ張り切ってる空気読めてないやつとか居るじゃないですか。
それが私だったんです。
そのノリで高校は合唱部へ。痛い目を見る。
05.担当パート以外にやってみたいパートは?
テナー・・・
なんだかんだ言って花形だし。
私にもっと低音の才能があれば、喜んでローベに張り付いてるんですが。(低音フェチ)
06.一番心に残っている思い出は?
・・・実は、中学の校内合唱コンクール。
担任の先生がやたら熱血で、バカみたいに練習して、短い期間で全曲100回以上歌いこなして・・・
中間発表会では他クラスを完膚なきまでに叩きのめして凹ませ、本番でも「文句なしに一番うまかった」と言わしめたにもかかわらず、
「やはり三年生に花を持たせてあげたい」という田舎の学校ならでわの慣例で「最優秀賞」が取れなかった・・・そんなほろ苦い思い出。
07.今思い出しても恥ずかしい失敗は?
身もふたもない言い方ですが、そもそも高校で合唱部に入ったこと。
当時の私は、そもそも「音程」という感覚が存在せず、ひたすらバカみたいに声出してるだけで・・・
周りの人間に顔をしかめられ、耳をふさがれ、
「なんで合唱部に入ったの?」
と真顔で問い詰められる段になって漸く理解。
私には歌の才能がなかったんだ。
その後私は人前でまともに歌うことが出来なくなり、その後5年近く(たぶん今も残ってる)トラウマを引きずることになるのです。
・・・よく辞めなかったね。
まぁ、下手は下手なりに歌が好きだったんでしょう。
今は上手いとは言わない・・・というかとても言えないけど。
08.あなたの所属(orしていた)団体で伝説になっている事件を教えて下さい。
いろいろありすぎて書ききれません。
09.初めて演奏した曲って覚えていますか?
「合唱団として」なら、入部してすぐに顧問の先生の結婚式で「君をのせて(ラピュタのテーマ曲)」の編曲を歌ったのが最初だと思います。
10.一番好きな課題曲・自由曲は何でしたか?
そういうコンクールって、実は一度も出たことがありません。
11.そのほか、思い出深い曲を5つ挙げてください。
「心の瞳」(前述の、中学時代思い出の曲)
「(オラトリオ『MESSIAH』より)Hallelujah!」「鴎」「for the beauty of the earth」「祈禱天頌(組曲だけど)」
12.この先演奏してみたい曲は?
「遠い日の歌」とか・・・
中学生が歌うような曲をもう一度。
あとは、多田武の男声合唱曲をいろいろやりたい。
13.最後に・・・あなたにとって「合唱」とは?
一言では言い表せない・・・
私はあきらめの早い人間で、ちょっとやって出来なかったことはすぐに投げ出してしまうようなタイプなのですが、合唱だけは数年来のトラウマになるような挫折(むしろその積み重ねというか、重ね塗りというか・・・)を味わいながらも、今まで続けてこられた。
いくらかは努力もして(ここで手放しに「頑張った」とはとても言えないのが私の駄目な所・・・)、少しはマシなレベルまで持ってこられた自負もある。
そういうものは合唱だけだから、私にとって「合唱」はすごく大切なものだし、これからもきっと大切なものであり続けると思うのです。
14.バトンを渡す5人
勝手に持ってってください。
答えてたら、ものすごく歌いたくなってきた・・・
同時に、「意気込みはあってもやる気は微妙」という自分の駄目な面を再認識して・・・あぁ・・・orz
答えて行きたいと思います。
01.あなたのパートは?
バリトン。
個人的なこだわりと見栄でローベースに固執したりもしましたが・・・
結局、ここが一番あってると今では思います。
02.そのパートになった理由は?
好意的に解釈すれば、音域が一番あってるからでしょう。
ぶっちゃけて言えば、高音は出ないけど、だからといって極端な低音が出るわけでもないという。
03.所属している(orしていた)団体は? ※男声/女声/混声の種別も
群馬県立高崎高校合唱部(男声)
本人たちはそれなりに必死なつもりではあったと思う。
自分のやる気が周りの熱意に反比例するという天邪鬼な性格ゆえ、気づけばほぼ皆勤。あろうことか部長に。
まぁ、その事実は割と今の今まで大学の人たちにはひた隠しにしてきた感がありますが。ゆうと氏なんかと比べられたらたまったもんじゃなかったし。
先日、とうとう部員が一人も居なくなって事実上廃部したらしいことが判明。
東北大学混声合唱団(混声)
はじめて本格的な歌の訓練をつんだところ。
前述の天邪鬼な性格ゆえ・・・いろいろとご迷惑をおかけして、弁解の余地もございません。
青葉城址男声合唱団(男声)
上記合唱団の有志男ども(OB含・・・というかほぼOB)によって結成されているお祭り合唱団。
年三回ゲリラライブを敢行。
お巡りさんに怒られた回数は数知れず・・・
でも渉外とか、マジ勘弁してください。
合唱団Palinka(男声)
入団したは良いのですが、ほぼ練習行ってません。(ごめんなさい)
連絡メール等は届くので、まだ籍はあるはず。
帰仙しだい復帰予定・・・たぶん。
04.合唱を始めたきっかけは?
中学の合唱コンクールとかで、男は軒並みやる気ない中一人だけ張り切ってる空気読めてないやつとか居るじゃないですか。
それが私だったんです。
そのノリで高校は合唱部へ。痛い目を見る。
05.担当パート以外にやってみたいパートは?
テナー・・・
なんだかんだ言って花形だし。
私にもっと低音の才能があれば、喜んでローベに張り付いてるんですが。(低音フェチ)
06.一番心に残っている思い出は?
・・・実は、中学の校内合唱コンクール。
担任の先生がやたら熱血で、バカみたいに練習して、短い期間で全曲100回以上歌いこなして・・・
中間発表会では他クラスを完膚なきまでに叩きのめして凹ませ、本番でも「文句なしに一番うまかった」と言わしめたにもかかわらず、
「やはり三年生に花を持たせてあげたい」という田舎の学校ならでわの慣例で「最優秀賞」が取れなかった・・・そんなほろ苦い思い出。
07.今思い出しても恥ずかしい失敗は?
身もふたもない言い方ですが、そもそも高校で合唱部に入ったこと。
当時の私は、そもそも「音程」という感覚が存在せず、ひたすらバカみたいに声出してるだけで・・・
周りの人間に顔をしかめられ、耳をふさがれ、
「なんで合唱部に入ったの?」
と真顔で問い詰められる段になって漸く理解。
私には歌の才能がなかったんだ。
その後私は人前でまともに歌うことが出来なくなり、その後5年近く(たぶん今も残ってる)トラウマを引きずることになるのです。
・・・よく辞めなかったね。
まぁ、下手は下手なりに歌が好きだったんでしょう。
今は上手いとは言わない・・・というかとても言えないけど。
08.あなたの所属(orしていた)団体で伝説になっている事件を教えて下さい。
いろいろありすぎて書ききれません。
09.初めて演奏した曲って覚えていますか?
「合唱団として」なら、入部してすぐに顧問の先生の結婚式で「君をのせて(ラピュタのテーマ曲)」の編曲を歌ったのが最初だと思います。
10.一番好きな課題曲・自由曲は何でしたか?
そういうコンクールって、実は一度も出たことがありません。
11.そのほか、思い出深い曲を5つ挙げてください。
「心の瞳」(前述の、中学時代思い出の曲)
「(オラトリオ『MESSIAH』より)Hallelujah!」「鴎」「for the beauty of the earth」「祈禱天頌(組曲だけど)」
12.この先演奏してみたい曲は?
「遠い日の歌」とか・・・
中学生が歌うような曲をもう一度。
あとは、多田武の男声合唱曲をいろいろやりたい。
13.最後に・・・あなたにとって「合唱」とは?
一言では言い表せない・・・
私はあきらめの早い人間で、ちょっとやって出来なかったことはすぐに投げ出してしまうようなタイプなのですが、合唱だけは数年来のトラウマになるような挫折(むしろその積み重ねというか、重ね塗りというか・・・)を味わいながらも、今まで続けてこられた。
いくらかは努力もして(ここで手放しに「頑張った」とはとても言えないのが私の駄目な所・・・)、少しはマシなレベルまで持ってこられた自負もある。
そういうものは合唱だけだから、私にとって「合唱」はすごく大切なものだし、これからもきっと大切なものであり続けると思うのです。
14.バトンを渡す5人
勝手に持ってってください。
答えてたら、ものすごく歌いたくなってきた・・・
同時に、「意気込みはあってもやる気は微妙」という自分の駄目な面を再認識して・・・あぁ・・・orz
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