忍者ブログ
* admin *
[466]  [465]  [464]  [463]  [462]  [461]  [459]  [458]  [457]  [456]  [455
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

まず、謹んでお詫び申し上げます。
先ほどの記事での発言の一部は、明らかに暴言でした。
ふと冷静になってみれば、お客様に対して「閲覧するな」などと吐き捨てる権限も言われも、私にはなかったですね・・・
所詮、社会不適合者の戯言です。
馬鹿がなんか言ってたとでも思って、気持ちよくお忘れください・・・

なお、当該文章は敢えて削除いたしませんが。


とりあえずそんなわけで、「夜明けの口笛吹き」クリア。

しかしやっぱねぇ・・・
やはりこういうテーマになると、問いと言うのは常に回答を凌駕しているものなのでしょう。
・・・そもそも、哲学に回答を求めようとする時点で完全に間違っていますが。

(以下ネタばれになる恐れあり。と言うか、いつにも増して痛い文章なので、一応警告しておきます。)

+ + + + + + + + + +
結局「現実への帰還」がトゥルーエンドか・・・
まぁ、そうだろうけど。

でもやっぱり、私の本心としてはエリナーさんを追いかけて木霊の森・・・無限小数の世界、永劫なる問いの旅路に向かいたい所です。
キャラ萌えとかはこの際抜きにしても
人には知りえない深遠の世界・・・広大なる宇宙・・・永遠に続く探求
の世界。
最高じゃないですか。
何でも有るゆえに何も出来ない。ほとんど死と同義の世界。
それでも別に構わないさ。

「イカレてる」?だからどうした。
私が欲しいのは安易な回答なんかじゃない。

それこそ・・・問いを封印して、思考停止して、安易に社会に適合することが正解だと言うのなら・・・
いや、恐らく社会的に見ればそれが成功・・・正解以外の何物でもないのでしょう。
きっとそれが「大人になる」ことなのでしょうね。

しかし、それが正解だと言うのなら、私は永遠に不正解でいいよ。
どうせ社会不適合者さ。

・・・結局そんなこと言って「現実」から逃げてるだけか・・・
分かってるさ。
作者が示した「現実への帰還」が「安易な社会適合」なんて意味じゃないことは十分分かってるつもりです。
色々なものをひっくるめて、それでも現実の中で戦ってゆくという意思表示なのでしょう。

でもさ・・・でも・・・それでも永遠の世界への憧憬はごまかせないよ。
どっちを取るかと言われたら、私は迷わずに終わりなき探求の世界に行くね。

中二病臭い?
なんとでも言うがいいさ。
私はいま中二病なんですよ!
厨臭いのとか大好きだし。


・・・しかし、それにしても・・・
このあたりで作品後半の展開を
「電波」とか「独りよがり」とか「所詮哲学かぶれ」とか言ってる人たち・・・

正直、「しあわせ」な人たちだなぁ、と思いますよ。
「おめでたい」とは敢えて言わないけど。

「名言を吐きたい自己顕示欲」?
その程度のことでちょっと哲学をかじってみたような人間には、絶対あんな話は作れないよ。

「哲学に酔いすぎ」?
・・・否定はするまいさ。でも一言言っておくなら

哲学は酒じゃなくて麻薬なんだよ。
良い言葉を吐きたいとか、ちょっとカッコいい世界に浸って居たいとか、哲学にその程度のことしか求められない人間なら、はっきり言って哲学をやる必要なんかない。

・・・いや、あながち悪い意味じゃなくて。
そういう人なら、ファッションで哲学をやってるような人間なら、哲学なんかやるよりよっぽど有意義なことが出来るはずだから。
分からないのなら、分かる必要なんか一つも無い。
悪いことは言わないから、哲学なんかには二度と触れようとするな。

心の底まで哲学にどっぷり浸っちゃってるような人間はね・・・
哲学から逃げられないんだよ。
哲学が好きとか嫌いとか、カッコいいとか悪いとかそういう問題じゃなくて
考えざるを得ないんだよ。嫌でも考えちゃうんですよ。

その結果、そんなものにハマった大概の人間は精神を哲学に冒されて、ボロボロになって死んじゃうんですけどね。
いや、比喩とかじゃなくてそのままの意味で。
・・・まさに麻薬以外の何物でもない。

「哲学やめますか?それとも人間やめますか?」

「人には知りえない真理を求めた男は、
最後には自分が人間であることを辞めて、哲学を完成させるんだ。
ハッピーエンドだよ。だろう?」(引用元

あぁ、楽しい!
PR
この記事にコメントする
お名前
タイトル
文字色
メールアドレス
URL
コメント
パスワード   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
管理人のみ閲覧可     
無題
文章を上手くまとめられないので、失礼ですが散文でコメントいたします。

中二病の典型、というのは、「個性的な自分」を知らしめたい、という
社会的な評価を欲求する様子を指すものですよね。
独我論に浸っている人間を中二病と呼ぶのは、少し違うのかも知れません。

何かをやめるべきかどうか、という問いは、何かにコミットしていない者にはどうでも良く、
問いが重大である人には、既に抜けられなくなっているため、意味をなさない罠。
自分の在り様を再確認する上では、意義があるのかも知れませんがね。

哲学にしろ学術にしろ音楽にしろ、アートというものはそのものを知りたい表現したい、
という強烈な衝動があるからこそ、意味をなすものなのですよね。
そう思うと、アートは私にとっては豚に真珠でしかないのかも知れません。


いずれにせよ、人との会話は自分の立つ位置を再認する上でも有意義なものです。
是非是非、また飲みましょう。
大杉 2006/07/09(Sun) 編集
無題
>「個性的な自分」を知らしめたい、という
>社会的な評価を欲求する様子
・・・何も否定できませんね。最近顕著になっている奇行癖も含め。

>意味をなさない罠
しかし、中途半端に片脚を突っ込んでいる人間に対してなら、或いは意味があるのかもしれません。
それが聞き入れられなかったとしたら、最早手遅れである証拠・・・
まぁ、言葉面でどう並べ立てようと、その真意は状況を実体験した者でないと理解できないと考えれば・・・
結局、「意味をなさない」と言う言葉に帰結してしまうのかも知れませんね。

>アートというものはそのものを知りたい表現したい、
>という強烈な衝動
欲求、及び行動原理というものは突き詰めれば須らく「己を肯定する衝動」に起因する・・・と言いますね。
たとえその「己」というものが、肉体的な存在でないとしても。
(言うなれば、「意思」と言うものでしょうか?)

また飲みましょう。色々と話し合いたい。
あの場は、実に有意義なものです。
タカchi 2006/07/10(Mon) 編集
この記事へのトラックバック
この記事にトラックバックする:
BACK HOME NEXT
プロフィール
HN:
たかち
性別:
非公開
自己紹介:
私の私による私のためのチラシの裏
即ち落書き 備忘録 晒し場

そしてシアワセな私の自由帳
ブログ内検索
凡欲
忍者ブログ // [PR]

template ゆきぱんだ  //  Copyright: 埋立地(かみさまのふねのちらしのうら跡) All Rights Reserved